東京ほっと大検定

第1問

千代田区の昼間人口は夜間人口の何倍になるでしょうか? (千代田区)

  • 正解

解説

皇居のある千代田区は、中央官庁や企業が集中しています。また、大学や各種学校も多くあります。そのため、区民(区内に住んでいる人)約4万7千人に対し、昼間人口(区内での在勤、在学者など)は約85万人と約20倍となっています。そこで、昼間人口も区民と位置づけ、より多くの皆さんが利用できる行政サービスを提供しています。

第2問

日本橋には「日本橋魚市場発祥之地」の記念碑があり、おとぎ話をイメージした像も隣に建っています。その名前はどれでしょうか? (中央区)

  • 正解

解説

魚河岸と聞いて、真っ先に思い浮かぶのは築地市場だと思いますが、関東大震災で被害を受けて築地に移転するまでの300年以上にわたり、魚河岸は日本橋と江戸橋の間の北岸にありました。現在、跡地には「日本橋魚市場発祥之地」の記念碑が建っています。また、記念碑の隣には、竜宮城の住民である海の魚が、ことごとく日本橋に集まったという意味を込め、乙姫をイメージした像が建っています。

第3問

港区内には、多くの飲食店がありますが、その数は次のうち、どれに近いでしょうか? (港区)

  • 正解

解説

港区の夜間人口(総人口)は226,673人(2010年9月現在)で、その約1割が外国人登録者です。また昼間人口は、その5倍近くの約908,940人(2005年1月現在)となっています。現在、港区内には約15,300店(2010年9月現在)の飲食店があり、東京23区内で最も多い地域です。ちなみに、2番目は新宿区で約14,400店(*)、銀座や日本橋のある中央区は約10,700店(*)です、みなと保健所では、区民の皆さんや、港区をビジネスや観光で訪れ皆さんが、安心してお食事していただけるよう、日々、各店舗を回り、衛生監視に努めています。*どちらも平成22年3月末現在の数。

第4問

東京都庁がある場所は、かつて意外な施設がありました。それは何でしょうか? (新宿区)

  • 正解

解説

西新宿の超高層ビル街から新宿中央公園にかけては、昭和30年代まで広大な「淀橋浄水場」がありました。昭和40年にはその機能を東村山浄水場に移し閉鎖されましたが、この淀橋浄水場跡地を中心とした新宿駅西口の約96haの区域を「新宿副都心計画」として都市計画決定し、昭和46年の京王プラザホテルの竣工を皮切りに、今日の新宿駅西口超高層ビル街が形成されました。

第5問

紙幣の肖像になった次の3人のうち、文京区内に居を構えたことのない者は誰でしょうか? (文京区)

  • 正解

解説

漱石は、かつて文京区白山、小石川の寺に間借りした後、イギリス留学から帰国後、明治36年から3年間、向丘2丁目に住み、ここで、『吾輩は猫である』を書きます。そこからこの家は通称「猫の家」と呼ばれるようになりました。今、この場所を訪ねると塀の上にかわいい猫の彫刻が迎えてくれます。また、「漱石旧居跡碑」がありますが、題字は川端康成の筆によるものです。「家」そのものは、愛知県犬山市の「明治村」に移築・公開されています。

第6問

台東区に作られた日本最初の交通機関は次のうちどれでしょううか? (台東区)

  • 正解

解説

モノレールは昭和32年に日本で初めて上野動物園に作られました。当時、東京都では新しい交通機関の実験として、上野動物園内に日本初のモノレールを作りました。短い距離ながら子供たちの夢を乗せて走るモノレールは動物園にぴったりの乗り物です。

第7問

現在、墨田区押上に建設中の東京スカイツリーは、ある建造物の構造を参考に設計されています。それは次のうちどれでしょうか? (墨田区)

  • 正解

解説

日本独自の建築技術の代表とも言える五重塔は、心柱を中心として各層が独立した構造となっており、地震や強風時に、塔体各層との間に生じる相互作用により揺れを低減する役割があると考えられています。東京スカイツリーの構造システムはこの五重塔にみられる制振システムを最新の技術で再現しようとするものです。

第8問

深川八幡祭りは、ある特徴があり、別名何祭と呼ばれているでしょうか? (江東区)

  • 正解

解説

3年に1度の本祭りは江戸三大祭の一つに数えられています。沿道から威勢よく清水が神輿に浴びせられることから水かけ祭の別名があります。

第9問

日本考古学の祖といわれるエドワード・モース博士が、品川区で発見した大森貝塚は、何年前の遺跡だったでしょうか? (品川区)

  • 正解

解説

発掘されたのは、貝がらや魚の骨などの食べ物の跡や、土器・骨角器・石器などの生活道具の遺物、住居跡で、縄文時代後期の遺跡です。大森貝塚は品川区と大田区にまたがる貝塚で、モース博士が新橋へ向かう列車の窓から発見し発掘調査を行ったのが、大井村字鹿島谷(現在の品川区大井6丁目)の地でした。現在は大森貝塚遺跡庭園として、広く区民に親しまれています。

第10問

目黒雅叙園の敷地にある井戸は、誰の供養に使われたでしょうか? (目黒区)

  • 正解

解説

八百屋お七の住む八百屋八兵衛一家は、大火に遭い、自宅は消失。菩提寺に一家は避難する。その寺でお七は、寺小姓の吉三と恋に落ちる。その後、再建された家に戻ったお七は、吉三会いたさに家に火を放ってしまう。

第11問

大田区の洗足池には、歴史上の人物の墓があります。江戸時代末期から明治にかけての幕臣の人物とは誰でしょうか? (大田区)

  • 正解

解説

勝海舟は晩年、池畔に洗足軒という別邸を建てた。昭和30年代に焼失。墓は生前から洗足池畔と決めていた。

第12問

豪徳寺の招き猫はどの手を上げて福を招いているでしょうか? (世田谷区)

  • 正解

解説

豪徳寺(ごうとくじ)の歴史は古く、もとは中世の世田谷の領主であった吉良(きら)氏ゆかりの寺院でしたが、江戸時代の初期に、彦根藩(ひこねはん)主井伊家の菩提寺(ぼだいじ)となりました。その豪徳寺には古くから招き猫伝説が伝わっています。

第13問

渋谷区には、国の名前がついた橋がありますが、何という橋でしょうか? (渋谷区)

  • 正解

解説

恵比寿ガーデンプレイスの脇の、山手線にかかる恵比寿南橋の通称名です。明治39年にアメリカで開かれた万国博覧会に出品された橋を旧国鉄が買い取り、この場所に架けたことが名前の由来です。現在は改修され、ガーデンプレイス、恵比寿通り方面と目黒区方面を結ぶ重要な橋となっています。

第14問

「生類憐みの令」を出し、中野に「御囲(おかこい)」(通称犬屋敷)を建設した江戸幕府の将軍とは誰でしょうか? (中野区)

  • 正解

解説

動物好きで知られた5代将軍綱吉は「生類憐みの令」を出し、特に自分の干支である犬の保護に力を入れました。江戸の野良犬を収容するため、現在の中野区役所付近の広大な土地を収用し「御囲(おかこい)」(通称犬屋敷)を建設しました。広さは30万坪にもおよび、最盛期には8万頭以上の犬が収容され、数百棟の犬小屋、飼場、日除場、子犬養育場があり、多くの役人や医者が常駐していました。中野区役所の脇にはこれにちなんだ犬のブロンズ像があります。

第15問

高円寺にある氷川神社境内に、日本唯一という珍しい神社が祀られています。それはどういう神社でしょうか? (杉並区)

  • 正解

解説

気象神社は、旧陸軍気象勤務の統括・教育機関として旧馬橋4丁目(現・杉並区高円寺北4丁目)に創設された陸軍気象部の構内に、昭和19(1944)年4月10日に造営されました。戦後の神道指令で除去されるはずが、連合軍宗教調査局の調査漏れで残ったため、氷川神社が当局に申請して払い受け、昭和23(1948)年9月18日の氷川神社例大祭の際に遷座祭を行ったそうです。この気象神社の祭神は八意思兼命(やごころおおもいかねのみこと)(知恵の神)。気象神社の例祭は、気象記念日の6月1日に行われています。気象予報士の合格祈願などに訪れる人が多いそうです。

第16問

サンシャイン60ビルと豊島清掃工場の煙突。高いのはどちらでしょうか? (豊島区)

  • 正解

解説

サンシャイン60は約239m。清掃工場煙突は210m。煙突からの排煙がサンシャイン60展望台からの景観に影響を及ぼさないことなどに配慮し、空気の流れ等を計算の上、高さが定められた。清掃工場の煙突としては日本一の高さといわれる。

第17問

北区王子はあるものの発祥地として有名です。あるものとはなんでしょうか? (北区)

  • 正解

解説

王子は、明治初期に近代的な製紙工場のさきがけとなった抄紙会社(後の王子製紙王子工場)が設立され、日本の製紙工業の先駆的な役割を果たしました。その足跡がわかる紙の博物館が飛鳥山公園内にあります。紙の博物館は、昭和25年、北区栄町に唯一戦災をのがれた製紙工場の建物を利用して、王子製紙紙業史料室の資料を一般公開する「製紙記念館」として開設され、その後、「紙の博物館」と名称変更され、平成10年に現在地に移転し、リニューアルオープンしました。紙に関する資料は50,000点以上に及び、平成19年11月にはその所蔵物全体が経済産業省から近代化産業遺産に認定されました。
また、「紙の博物館」と並んで「北区飛鳥山博物館」、「渋沢史料館」あり、博物館ゾーンとなっています。この飛鳥山3つの博物館を巡ってみてはいかがでしょうか。

第18問

JR日暮里駅南口に広がる、全国的に有名な専門店街といえば、何でしょうか? (荒川区)

  • 正解

解説

JR日暮里駅南口から徒歩3分の日暮里中央通りには、約1キロメートルに渡って生地織物に関するあらゆるものを取り扱う生地織物の店舗が軒を連ねる日暮里繊維街があります。年代や国籍を問わず様々な方が集まるこの街を中心に、毎年秋頃には繊維・ファッション産業を支える人材を育成するためのデザインコンテストと、荒川区の友好都市である中国・大連市中山区の大連モデル芸術学校の学生を招いてのファッションショー「大連コレクションin日暮里」を開催しています。このように元々国際色豊かな街日暮里ですが平成22年7月17日、京成日暮里駅~成田空港間を36分で結ぶ成田新高速鉄道「成田スカイアクセス(NN36)」が開業したことにより、都心側のターミナルである日暮里駅が国際的な玄関口として世界各国とつながりました。

第19問

板橋区の「区の花」は何でしょうか? (板橋区)

  • 正解

解説

ニリンソウは春、サクラの咲く頃に白い花を二輪咲かせるキンポウゲ科の多年草です。区内では、都立赤塚公園内に都内でも最大の自生地群落があるほか、雑木林の自然が残る公園の林床などで見られます。区では、この花が生育する自然環境を大切に守っていきたいと考え、昭和55年10月4日に「区の花」として選定しました。なお、サルスベリとハクモクレンは区道の街路樹となっている地域があり、見ごろを迎えると道ゆく人の目を楽しませています。
ちなみに、「区の木」はケヤキ(昭和55年1月1日指定)で、「区の鳥」はハクセキレイ(平成14年10月1日制定)です。

第20問

光が丘公園や、高層住宅、公共施設が一体となった光が丘、以前はこんな場所だったでしょうか? (練馬区)

  • 正解

解説

現在の光が丘地域一帯には、第二次世界大戦中は陸軍の「成増飛行場」がありました。「成増飛行場」は、首都防空のため昭和18年に建設され、現在、南北を貫くメインストリートとなっているいちょう通り付近には、全長1200メートルの舗装滑走路が設けられていました。終戦後は連合軍に接収され、昭和23年6月にアメリカ陸軍の家族宿舎「グラントハイツ」が完成し、総面積1.8平方キロメートルの土地に730の建物が建設されました。

第21問

明治時代、千住の地に住みペンネームも「千住」を意味するという文豪は誰でしょうか? (足立区)

  • 正解

解説

森林太郎(鴎外)は、父静雄が明治12(1879)年に南足立郡医となり千住に転居し、後に橘井堂医院(きっせいどういいん)を開業したこともあり、大学卒業後の明治14(1881)年から千住に住みました。このころの様子は小説『カズイチカ』に描かれています。ドイツ留学後結婚し、明治22(1889)年に根岸に移りましたが、橘井堂医院跡(現足立都税事務所)に千住の鴎外碑があります。「鴎外」という号は、現隅田川の白髭橋付近にあった「鴎の渡しの外」という意味で千住を意味しています。

第22問

東京都内に唯一残る渡し舟「矢切の渡し」が始まったのはいつでしょうか? (葛飾区)

  • 正解

解説

江戸時代初期に地元民専用として江戸幕府が江戸川に設けた渡し場のひとつです。都内に残っているのはここだけ。対岸は千葉県松戸市になります。
1996年環境庁(現、環境省)が指定した「日本の音風景100選」に「柴又帝釈天界隈と矢切の渡し」が選ばれました。

第23問

地下鉄東西線葛西駅前に巨大な地下空間がありますが、何に利用されているでしょうか? (江戸川区)

  • 正解

解説

葛西駅南口広場の下に9,400台の自転車を収容できる駐輪場があります。わずか10数秒で自動的に出し入れできるなど、先端技術を駆使した施設は土木学会賞を受賞しました。

第24問

「東京」という地名には、明治時代の初めから20年代ごろまで「トウキョウ」とは別の読み方がありました。何と呼ばれていたでしょうか。 (トリビア)

  • 正解

解説

1868年7月、江戸を東京と改称するという詔書が出たとき、振り仮名はなかった。明治の文学作品を見ると、「当世書生気質」では「東京(とうきやう)」、「浮雲」では「東京(とうけい)」となっている。明治30年代に国定の国語教科書で振り仮名は「トーキョー」と表記された。

第25問

今年架橋100周年を迎える日本橋の橋名文字は、ある著名な歴史上の人物が書きました。それは誰でしょうか? (トリビア)

  • 正解

解説

日本橋は1603年に徳川家康が諸大名に命じて架けた橋で、現行の石橋は1911(明治44)年に完成した。当時の東京市長・尾崎行雄らの発案で、徳川家の子孫で、橋名文字を15代将軍だった慶喜に依頼した。波乱の人生を送った元将軍の最後の大仕事だった。

第26問

地下鉄「大手町」駅は都内一地下鉄の乗り入れている路線が多い駅です。それではいくつの路線が通っているでしょうか? (千代田区)

  • 正解

解説

「大手町」駅は、東京メトロ丸ノ内線、東西線、千代田線、半蔵門線及び都営地下鉄三田線が通っています。1日平均約36万1千人の乗降客が利用しています(平成21年度)。

第27問

江戸日本橋小田原町(東京都中央区)の魚屋・佃屋半右衛門の1人息子として生まれ、享保20年(1735年)『蕃薯考』(ばんしょこう)を発表した、甘藷先生という名前でも知られる江戸時代の儒学者は誰でしょうか。 (中央区)

  • 正解

解説

江戸幕府8代将軍徳川吉宗に命じられた青木昆陽は小石川薬園(小石川植物園)と下総国千葉郡馬加村(現在の千葉市花見川区幕張)と上総国山辺郡不動堂村(現在の千葉県山武郡九十九里町)でサツマイモの栽培を行った。この結果、享保の大飢饉以降、関東地方や離島において薩摩芋の栽培が普及し、天明の大飢饉では多くの人々の命を救ったといわれている。サツマイモ栽培から離れてからは、オランダ語の習得などにも努めた。選択肢3の前野良沢は弟子である。

第28問

元禄赤穂事件で有名な、浅野長矩と赤穂浪士が葬られていることで知られる高輪にあるお寺の名前はどれでしょうか? (港区)

  • 正解

解説

泉岳寺は播州赤穂の城主浅野家の菩提寺です。仇討ちを果たした大石内蔵助以下46人の墓があります。討ち入りに先立ち、元禄15(1702)年1月に自害した萱野三平の供養塔といわれているものと、慶應4(1868)年に建てられた寺坂吉右衛門の供養塔がともにあります。泉岳寺の義士の墓(国指定史跡)に通じる道沿いには、「主税の梅」、「血染めの梅」などと名づけられた梅が植えられています。今でも毎年12月14日には義士祭が催されています。

第29問

四谷に寺を創建し、墓や愛用の槍が残る戦国時代の武将は誰でしょうか? (新宿区)

  • 正解

解説

槍の名手とされ「槍の半蔵」と呼ばれた戦国時代の武将・服部半蔵(1542年~1596年)は、徳川家康の三河以来の旧臣です。江戸入府後は、江戸城西門近くに居を構えて警備にあたったといわれ、現在の皇居の「半蔵門」は、半蔵の名に由来します。半蔵の墓(新宿区指定史跡)がある四谷の西念寺(若葉2-9)は、天正7年(1579年)に切腹を命じられた家康の長男信康の菩提を弔うため、文禄2年(1593年)、半蔵が出家して創建した寺院です。西念寺には信康供養塔(新宿区指定史跡)が残るほか、元亀3年(1572年)、半蔵が三方ヶ原の戦の戦功により家康から拝領した愛用の槍(新宿区登録有形文化財)も伝わっています。

第30問

江戸の三富といわれた宝くじが売られた場所は、谷中の感応寺、目黒不動ともう一つはどこでしょうか? (文京区)

  • 正解

解説

いずれも幕府公認の御免富で、「江戸大富集」によると、売り出しは年12回で、毎月16日が抽選日であった。富くじ1枚は2朱で4000枚(500両)が発売された。当時、2朱は棟割長屋の1ヶ月の家賃に相当する額であった。

第31問

東上野4丁目にある日本で唯一のものは何でしょうか? (台東区)

  • 正解

解説

東京メトロ銀座線上野駅から地上の車庫への引込み線に踏切があります。普通、踏切は道路側に遮断機がありますが、ここは線路側にも柵があり、列車の通過時だけ柵が上がります。これは、車庫や線路に人が立ち入らないようにするためです。銀座線は、地上にある3本目のレールから電気を集電しているので、JRなどの他の線路より感電の恐れが高くなっています。なお、同じ町内にある旧下谷小学校は関東大震災後の復興建築物として価値の高いものですが、台東区内をはじめ近接区にもまだ残っています。また、木造建築のコンサートホールは上野公園の中にある旧東京音楽学校奏楽堂のことで、東上野4丁目にはありません。しかし、音響が良いことで評判の上野学園石橋メモリアルホールが町内にあります。

第32問

墨田区の押上・業平橋地区に建設中の東京スカイツリー。いよいよ2012年に開業しますが、その開業日はいつでしょうか? (墨田区)

  • 正解

解説

2011年6月7日に東京スカイツリータウン(東京スカイツリーを始め、商業施設「東京ソラマチ」、水族館、ドームシアター等)の事業概要発表会が行われ、竣工が2012年2月末、開業が2012年の5月22日(予定)と発表されました。なお、墨田区では、この東京ソラマチ5階に墨田区内の産業、歴史、文化、観光等を体感できる国際観光の拠点施設「(仮称)観光プラザ」を整備・運営する予定です。

第33問

江東区内には多くの神社がありますが、ちょっとユニークな名の神社もあります。実際に江東区にある神社はどれでしょうか? (江東区)

  • 正解

解説

貧乏神神社は、貧乏神を追い払ってくれると言われており、亀戸六丁目の商業施設「サンストリート亀戸」にあります。その名も貧乏神神社亀戸分社。長野県飯田市より分社されたそうです。

第34問

目黒駅前の目黒通りと誕生八幡神社(品川区上大崎)を中心に毎年行なわれる「目黒のさんま祭り」で振舞われるのは、どこで水揚げされたサンマでしょうか? (品川区)

  • 正解

解説

古典落語「目黒のさんま」にちなみ、平成8年から開催されています。岩手県宮古市で水揚げされたサンマを炭焼きにして無料配布します。また、落語会「目黒のさんま寄席」も行われ、毎年2万人以上が訪れます。品川区と宮古市は「目黒のさんま祭り」が縁となって、災害時の相互援助協定を締結しています。

第35問

目黒銀座商店街にあるお店「朝松庵」が考案した、今ではおなじみのある有名な食べ物とは何でしょうか? (目黒区)

  • 正解

解説

明治41年に目黒銀座商店街にある朝松庵の2代目が考案したのが「カレー丼」です。そばつゆにカレーを組み合わせる、今でこそ国民的なこのメニューは目黒から始まりました。試作に試作を重ねて編み出されたカレーは、スパイスの風味が絶妙です。

第36問

第145回直木賞を、池井戸潤氏の作品で、大田区の企業を舞台にした小説「下町ロケット」が受賞しました。小説に登場する架空の会社で、初めて「大田ブランド」の認定を受けた会社名はなんでしょうか? (大田区)

  • 正解

解説

大田ブランド企業の認定証は、技術力とものづくりスピリットに富んだ区内の企業に与えられ、これまでに101社が認定されています。今回は、架空の企業としての初めての認定となりました。

第37問

世田谷区船橋には、ある有名人から由来した通りがあります。その名前はどれでしょうか? (世田谷区)

  • 正解

解説

「森繁通り」は、小田急線千歳船橋駅北口の船橋1丁目10番先から船橋3丁目5番先までの長さ約660メートルの通りです。故森繁久彌氏(享年96)がお住まいで、よくこの通りを通ったことから、地域の間では40年以上も前から、「森繁通り」という愛称で呼ばれていました。

第38問

かつて、渋谷区の中心部、都立代々木公園ができる前にあったアメリカ占領軍の施設は何でしょうか? (渋谷区)

  • 正解

解説

昭和20年から昭和38年まで、アメリカ軍人と家族のための住宅がありました。ゆったりした敷地に、アメリカ映画から抜け出してきたような白い洋館が建ち、緑の芝生が張られ、しゃれたデザインのアメリカ車が通る様子は、異国情緒あふれる光景だったといいます。

第39問

中野駅の北、中野5丁目にあるニューヨークの目抜き通りの名前と同じ名前のビルの名前はなんでしょうか? (中野区)

  • 正解

解説

中野ブロードウェイは、1961年にオープンした地下3階地上10階のビルで、地下1階から地上4階までが商業施設、5階以上がマンションとなっています。商業施設にはサブカルチャーショップをはじめ、ファッション・雑貨・グルメなどなど、様々なショップがところ狭しと軒を連ねています。

第40問

杉並区在住のノーベル物理学賞受賞者、小柴昌俊東京大学名誉教授の提案がきっかけで、ある「施設」が誕生しました。その施設とはどんな施設でしょうか? (杉並区)

  • 正解

解説

ノーベル物理学賞を受賞した小柴昌俊博士が、杉並名誉区民の称号贈呈式で「気持ちよく散歩できる近所の遊歩道を周回できるようにして欲しい。区民の人たちがのんびりと歩き、すれ違う人と「いいお天気ですね」とあいさつする、子どもも遊んでいる、そうしたなかで一回りできたら楽しい。」と述べられました。このことを受け、杉並区は、小柴博士のノーベル賞受賞と杉並名誉区民の称号贈呈の記念事業として、小柴博士や地域の方による懇談会を設置し、地域の方の意見を聞きながら井草川遊歩道から妙正寺公園・杉並区立科学館などをつなぐ「科学と自然の散歩みち」を整備しました(平成17年完成)。「散歩みち」は、メインルート約7km・サブルート約5kmからなり、散歩みち沿いには、小柴博士の想いが込められた「夢のタマゴ」をイメージしたモニュメントやロゴマークを作成し、ルート上に設置しています。ぜひ、この「散歩みち」へ、皆さん出かけてみてください。
*杉並区立科学館(杉並区清水3-3-13)

第41問

平成12年から始まり、同種のイベントでは今や都内最大級となった毎年秋に池袋を中心に開催される踊りのイベントはどれでしょうか? (豊島区)

  • 正解

解説

「東京よさこい」は、池袋を中心に区内9会場で行われる、都内最大級のよさこい踊りのコンテスト。鳴子を手にし、よさこいの曲に合わせ、チームで踊りを競う。10月に、ふくろ祭りの締めくくりとして「東京よさこいコンテスト」が行われる。毎年、全国から多くのチームが参加して、様々なスタイルのよさこい踊りの競演が、豊島区内の会場で繰り広げられる。「東京フラフェスタ in 池袋」は、平成15年より池袋西口公園をメインに行なわれるフライベント。また、「東京大塚阿波おどり」は、昭和46年より大塚駅南口で行なわれる阿波踊りのイベント。こちらも例年行なわれ、都内屈指の大規模なイベントとなっている。

第42問

大みそかの夜に多くの動物が集まり、王子稲荷神社に参詣したとの伝説があります。その動物とはどれでしょうか? (北区)

  • 正解

解説

北区王子にはかつて「装束榎」と呼ばれる榎があり、関東一円から多くの狐が集まり、王子稲荷神社に参詣したという伝説があります。この伝説は、初代歌川広重(安藤広重)の「名所江戸百景 王子装束ゑの木 大晦日の狐火」の浮世絵にも描かれおり、現在、「王子狐の行列」として地元の人々により受け継がれています。「王子狐の行列」は1月1日除夜の鐘とともに行われます。裃や着物姿の人たちが、お面やメークで狐に扮し、提灯をかざしながら行列を成し、装束稲荷神社(王子2-30-13)から王子稲荷神社(岸町1-12-26)まで約1kmの道のりをお囃子とともに練り歩きます。狐の行列には長年に渡り王子が育んできたふるさとの歴史と文化を子どもたちに伝え、夢を与え、町おこしに繋げたいとの願いが、また、新年を祝い、子どもの健やかな成長への願いが込められています。皆様も、ゆく年に感謝し、来る年に祈り、大晦日の夜に王子狐とともに参詣してみてはいかがでしょうか。

第43問

JR日暮里駅北口を出た所に、日暮里駅の東西を結ぶ跨線橋(こせんきょう)の下御隠殿橋があります。ここから見える線路の数は何本でしょうか? (荒川区)

  • 正解

解説

下御隠殿橋の中ほどには、「トレインミュージアム」と呼ばれるバルコニーが設置されています。ここからは、その名の通り数多くの列車が通過する景色を見ることができます。JRや京成線をはじめ、特急列車や新幹線、成田スカイアクセス線など約20種類、1日に約2,500本の列車が行き交います。

第44問

板橋区に約15年間住んでいた冒険家・植村直己さん。植村さんが達成した冒険のうち「世界初」の偉業は次のうちどれでしょうか? (板橋区)

  • 正解

解説

植村直己さんは、昭和16年(1941)兵庫県生まれ。昭和59年(1984)2月にマッキンリーで消息を絶つまで、約15年間板橋区に住んでいました。日本人初のエベレスト登頂や世界初の五大陸最高峰登頂(モンブラン4807m:ヨーロッパ、キリマンジャロ5895m:アフリカ、エベレスト8848m:アジア、アコンカグア6960m:南米、マッキンリー6914m:北米)、北極での単独犬ゾリ走破といった歴史に残る冒険へ、板橋から出発していきました。どのような状況においても、人間らしい豊かな心で目標に向かって努力する植村さんの冒険精神。板橋区は、この「植村スピリット」を永く後世に伝えるため、平成4年(1992)に植村記念財団を設立し、板橋区蓮根に植村冒険館を開設しています。植村さんの業績を紹介する企画展などをはじめ、様々な事業を展開しています。ぜひ、お出かけください。

第45問

練馬大根にまつわる大人気のイベントといえばどれでしょうか? (練馬区)

  • 正解

解説

この大会は、練馬大根を広くPRしようと平成19年から行っています。練馬大根は青首大根に比べて細長く、首と尻尾が細く中央部が太いため、抜くのにはたいへんな力が必要です。昨年12月に行われた大会には、区内外から約450人が参加。制限時間1分以内に19本を引き抜いた埼玉県飯能市の参加者が優勝しました。収穫した大根は区立小中学校の給食に使用され、子どもたちが地元の伝統野菜を味わいました。

第46問

区内に住む「日本最後のセルロイド職人」が作るセルロイド人形の名前は何でしょうか? (足立区)

  • 正解

解説

東京東部、足立区、葛飾区、墨田区などは戦前から玩具工場がたくさんあり、オモチャの「東京下町産地」と呼ばれていました。戦前から昭和40年ごろまでセルロイドを原料とした玩具は日本の重要な輸出品で、町工場で生まれたオモチャたちは欧米の家庭へ届けられました。オモチャは製品によって部材が様々です。そのためオモチャ生産には金型づくり、色付け、箱作り、セルロイド屋など様々な町工場が混在した東京東部がマッチしていました。いまもオモチャ工場は足立区や葛飾区にありますが、生産は海外に移転しつつあります。そうした中、懐かしいセルロイド人形最後の職人が足立区辰沼で人形ミーコを製造しています。ホームページで「セルや」を検索して覗いてみてください。

第47問

平成13年、葛飾区で古墳調査をしていたところ、あるキャラクターにそっくりの埴輪が出土し、話題になりました。そのキャラクターとは何でしょうか? (葛飾区)

  • 正解

解説

平成13年、柴又八幡神社の古墳を調査していたところ、帽子をかぶったような形の人物埴輪が出土しました。細い目で、穏やかな表情を浮かべ、帽子をかぶっている…。発見したスタッフが、思わず「寅さんだ!」と叫んだとか。なお、この埴輪が出土したのは8月4日で、奇しくも寅さんを演じた渥美清さんの命日でした。

第48問

次の地下鉄の駅のうち、地下にあるのはどれでしょうか? (江戸川区)

  • 正解

解説

地下鉄なのに地上を走っている例はいくつもありますが、荒川を地下で
渡る鉄道は今のところ存在しません。千葉方面に向かう地下鉄は、必ず一
度地上に出てきて鉄橋で荒川を渡ります。そのため、川を挟むようにある
東大島駅と船堀駅は地上にあるというわけです。

第49問

戦前からの歴史がある東京都営バスの車両を、デザインした芸術家は誰でしょうか? (トリビア)

  • 正解

解説

東京都営バスの発足は、関東大震災翌年の1924年。都バスが80年ごろ、新たな塗装カラーを決める際、「都バス色彩懇談会」のメンバーだった岡本さんの「特別出品車」が披露された。都民アンケートで、「良い」が42%と振るわず、幻に。ただ、十代に限ると53%の支持を集めたという。

第50問

上野にあった日本最初の喫茶店が備えていた設備とはなんでしょうか? (トリビア)

  • 正解

解説

1888年、現在の台東区上野にできた「可否茶館(かひさかん)」が日本初の喫茶店。木造二階建ての洋館で、喫茶室はもちろん、玉突き、シャワー室、更衣室まであったという。コーヒーは1杯1銭5厘。盛りそばが8厘の時代で、店は赤字が続き、4年で閉店となった。跡地にはコーヒーカップをかたどった記念碑が立つ。